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遼寧に「宝」あり、馬あり
ソース:愛遼寧
2026-02-13

 十二支は巡り、再び馬の年を迎えた。

 遼寧には、馬と出会う時空の奥行きがあり、その深さには驚かされる。

 今から1万7000年前、現在の瓦房店・古龍山一帯にはすでに野生の馬が生息していた。その中でも特に独特な体型を持つ大型の野生馬は、後に「大連馬」と名づけられ、この地における最古の馬の仲間として知られている。殷周時代になると、馬の姿は文明の記号として刻まれ始める。旅順博物館が所蔵する殷代の卜甲には、「馬」の象形文字がはっきりと刻まれている。長い顔に大きな目、たてがみと尾をなびかせ、四脚は今にも跳ね出さんばかり。その姿は素朴でありながら生命力にあふれ、漢字「馬」の変遷をたどる重要な原点の一つとなっている。

 馬は文字に記されただけでなく、歴史の歩みの中で重要な役割を果たしてきた。朝陽地域から出土した十六国時代の金銅製木芯鐙(あぶみ)は、ひときわ貴重な存在である。あぶみは小さいながらも、騎兵の安定性と戦闘力を飛躍的に高め、軍事史における重要な発明の一つとされる。その金属的な輝きは、辺境の要衝としての遼寧の激動の歴史を今に伝える。

 時代が下るにつれ、馬の姿は社会生活のさまざまな場面に溶け込み、豊かな文化的意味を帯びていく。遼寧省博物館所蔵の唐代・釉陶の舞馬俑は、ふくよかな体つきと気高くも躍動的な姿に、大唐の栄華と盛んな文化交流を映し出している。また、遼代の墓葬壁画「牽馬図」には、馬を伴う人物の姿が描かれ、契丹民族の「水草を追う」遊牧生活の特色が生き生きと表現されており、画面は質朴でありながらも生命力にあふれる。

 明・清時代になると、馬のイメージは芸術表現や吉祥の寓意を託す重要な媒体となる。遼寧省博物館の明代「洗馬図」には、皇室の苑で馬を洗い、水を飲ませ、調教する情景が細やかに描かれ、生活感あふれる画面からは、馬文化が日常に深く根づいていたことがうかがえる。瀋陽故宮博物院所蔵の清代・水晶彫刻「馬上封猴」は、諧音を巧みに用い、馬の背に猿を彫ることで、立身出世を願う人々の想いを託した作品であり、当時の社会心理を象徴的に示している。

 近代に入ると、馬の精神には新たな意味が付与される。旅順博物館に所蔵される徐悲鴻の「跑馬図」は、奔放で力強い筆致で駿馬が疾駆する一瞬をとらえ、圧倒的な迫力と生命力をたたえる。これは芸術家個人の様式を示すのみならず、力強く前進し、果てしなく挑む精神の象徴でもある。

 遼寧の歴史を俯瞰するとき、馬は太古の動物群の中から姿を現し、やがて軍事の力、生活の伴侶、芸術の主題、そして精神の象徴へとその姿を変えてきた。馬にまつわるひとつひとつの文化財は、歴史の「生きた化石」として、遼寧の大地で紡がれてきた自然と人間、文化と生活の物語を生き生きと語りかける。

 この唯一無二の「馬」にまつわる文化の記憶は、博物館に、そして今もなお遼寧の人々の暮らしの中に息づいている。

遼寧省への旅、視野の広がり
国の美しさ・省の豊かな文化をアピール